この場所について
ハンブルク市庁舎の中庭に足を踏み入れると、市庁舎広場の喧騒が消えていくのが分かります。周囲の壁に守られたような空間の真ん中に、多くの観光客が見逃してしまう噴水があります。これが「ヒュギエイアの泉」です。公衆衛生の大切さを彫刻で表現した記念碑でもあります。 中央の像を見てください。ヒュギエイアは、健康や清潔、衛生を司るギリシャ神話の女神です。英語の「ハイジーン」という言葉の語源にもなっています。この噴水は、安全な水と健康な街づくりを象徴しています。彼女が掲げた小さな器から水が流れ落ち、単なる飾りではなく、生きた景色を作り出しています。 この噴水には、ハンブルクの歴史の中でも特に重要な物語があります。1892年、この街を激しいコレラの流行が襲い、8,000人以上が亡くなりました。当時のハンブルクは活気ある港町でしたが、住宅は密集し、水道設備も不十分でした。この悲劇をきっかけに、清潔な飲料水と衛生管理が街の最優先事項となりました。この教訓を忘れないために、1895年から1896年にかけてこの噴水が作られたのです。 女神の足元に注目してください。そこにはドラゴンがいます。これは単なる飾りではなく、退治されたコレラを象徴しています。水への関心を失えば、再び危険が訪れるという警告でもあります。政治の中心である市庁舎の中庭にこの像があることは、市民の健康を守ることが政治の役割であるという強いメッセージなのです。 噴水の周りをゆっくり歩いてみましょう。水が上の器から輪のような形をした水槽へ、そしてさらに下へと流れ落ちる多層構造になっています。彫刻家は、人々が周りを歩いて鑑賞することを意図して設計しました。細部まで作り込まれた彫刻が、あちこちに隠されています。 中段にある6つのブロンズ像を見てください。これらは、水が私たちの生活や経済にどう関わっているかを表しています。船、魚、水差し、貝、そして鏡。これらは、水が貿易、食料、清潔さ、そして日々の暮らしを支えていることを教えてくれます。港町ハンブルクにとって、水とのつながりは何よりも大切なのです。 驚くべきことに、この噴水は単なる芸術作品ではありません。実は市庁舎の空調システムの一部でもあります。台座にある格子状の開口部から空気を取り込み、流れる水の冷却効果を利用して建物内の温度を調節しているのです。19世紀の美学と工学が融合した、記念碑でありながら機械でもあるというユニークな仕組みです。 この噴水は、ミュンヘンの彫刻家 Joseph von Kramer によって設計されました。市庁舎の建設が最終段階に入り、ハンブルクが近代的な都市として生まれ変わろうとしていた時期のことです。この場所は街の誇りを示すと同時に、過去の過ちを認め、そこから学ぼうとする謙虚な姿勢も表しています。