この場所について
ビジャ広場で少し足を止めてみてください。近くの賑やかな通りとは、ずいぶん雰囲気が違うことに気づくでしょう。ここは小さく静かで落ち着いた空間ですが、マドリードで最も重要な歴史的スポットの一つです。かつては中世マドリードの中心地でした。ここから伸びるコド通り、コルドン通り、マドリード通りの3つの道には、今も古い街並みの名残があります。15世紀、エンリケ4世からマドリードに「高貴で忠実な」という称号が贈られた際、この広場は現在の名前になりました。 広場の中央にある像を見てください。これは16世紀のスペインを代表する提督、ドン・アルバロ・デ・バサンです。彼は当時のスペイン海軍で最高の指揮官とされ、多くの海戦を勝利に導きました。この記念碑は彼の没後300年を記念して作られ、1891年12月19日に公開されました。ブロンズ像はマリアーノ・ベンリウレ、台座はミゲル・アグアドによる設計です。 彼のポーズをよく見てみましょう。バサンは甲冑を身にまとい、片手を剣に添え、もう片方の手には指揮杖を持っています。この像は権威と勝利を象徴しており、作家のセルバンテスも彼を「不敗の船長」と称賛しました。だからこそ、マドリードはこの広場の中心に彼の像を置いたのです。 広場に面した塔のある大きな建物は、カサ・デ・ラ・ビジャです。1629年にフェリペ4世が市議会の議場として建設を命じました。1644年に着工されましたが、中断や建築家の交代を経て、1696年にようやく完成しました。フアン・ゴメス・デ・モラが設計を始め、テオドロ・アルデマンスがバロック様式の外観を完成させました。マヨール通りに面したトスカーナ式の列柱廊は、1789年にフアン・デ・ビリャヌエバによって付け加えられたものです。 この建物は2007年まで、何世紀にもわたってマドリード市役所として使われていました。そのため、この広場は単に美しいだけでなく、長い間マドリードの政治の中心地でもあったのです。1915年には建築家ルイス・ベリドが建物を修復し、隣のカサ・デ・シスネロスとつなぐ渡り廊下を作りました。この広場には、15世紀のルハネスの家、16世紀のカサ・デ・シスネロス、そして17世紀のカサ・デ・ラ・ビジャが並んでいます。3つの世紀が共存するこの場所は、まさに石で造られた「マドリードの歴史の縮図」と言えるでしょう。